日本は18歳以上の国民に選挙権を認めるべきである。是か非か。*公職選挙法で定めるすべての選挙を対象とする。
山本純 (2010年8月10日)
目次
第1章:はじめに
第2章:若者の低投票率
第3章:18・19歳の不参加
第1節:『18・19歳の意欲の低さ』
第2節:『アメリカの実例』
第4章:18・19歳の政治的判断力
第1節:『住民投票の実例』
第2節:『マスメディアの偏重報道』
第5章:3・4章の検討―なぜ政治への意識が低いのか?−学校教育の欠陥
第6章:【解決性―学校での主権者教育を!!】
提案@:『選挙テストの導入』
提案A:『模擬選挙の全国実施』
第7章:まとめと検討
第1章【はじめに】
先日7月11日参院選挙が実施された。選挙のたびに話題にあがるのが、「若者の政治に対する無関心・低投票率」である。
若者の投票率は選挙のたびに最低記録を更新する。特に20代の投票率は非常に低い。前回参院選の年代別投票率(選挙区)を見ると、最も高いのは60代の75・53%。20代は最低の32・91%だった。
その原因は「自分達の一票だけでは政策に影響を与えられないから・・」という、いわゆる「政治的有効感覚」を持てないのが主な原因と考えられている*1 しかし、若者(ここでは20代を指す)の低投票率は、学校教育段階でのもっと構造的な問題にあると考えられる。
もし仮に、18・19歳に新たに選挙権が付与されたらどうなるか。そもそも付与すべきなのか。
今回僕が得た結論としては、与えるべきだと考えた。現状でも、アメリカ・ドイツ・イタリアなど多くの諸外国が、18歳以上に選挙権を付与しており、結果として大きな「損害」は生じていないし、やはり選挙権を求める声が18・19歳の中で一人でもいるのなら、それに応えるべきだろう。
しかし、導入の時期は今ではない。現在の18・19歳に選挙権を与えても、悪いことは起きないにせよ、有効なメリットは得られないからだ。導入するのであれば、学校(とりわけ中高)で政治や選挙についての十分に教育をし、模擬選挙でトレーニングを積み、選挙・政治への意識を高めてからであろう。そうすれば、18・19歳に選挙権を付与する価値はあるのではないだろうか。
以下の各章では、若者の低投票率の原因が実は学校教育にあることを示す。その中で欧州各国の例や日本での住民投票の例を紹介していきたい。そして最後に選挙をいかにして学校教育に組み込むか、提案していきたい。
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1 選挙に棄権する他の理由
98年発行 明るい選挙推進協会編著「若い有権者の意識調査結果概要」P53によると
「1位:「選挙にあまり関心がなかったから」(37・5%)
2位「用があったから」(35%)
3位:「面倒だから」(18・9%)
4位「選挙にあまり関心がなかったから」などの政治的無関心
5位;「選挙によって政治が良くならないから」(18・3%)
6位:「私一人が投票しても同じだから」(9・3%)などの政治的無力感
7位:「政党や候補者の事情がよくわからなかったから」、「適当な候補者がいなかったから」(19・8%)などの政治情報の欠如」となっている。
第2章【若者の低投票率】
低投票率の原因は様々だが、18歳選挙権導入によって解決されるだろう原因を一つ取り上げたい。それは、現在の若者が高校卒業後の2年間で政治への興味・関心が失われているためである。
これについて、10・20代で構成されるNPO法人「Rights」は以下のように述べている。
*2「現在は学校で政治教育を受けても、卒業してから選挙権を得るまでの間に、政治への興味・関心が失われてしまうといわれています。義務教育終了後すみやかな選挙権保障により、学んだ知識を使いこなすことができ、政治への積極的な参加につながります。」
よって高校卒業後すぐに選挙権を付与することで18・19歳の積極的な参加、また20歳になってからの積極的な参加も望めると考えられる。
*2 02年発行「16歳選挙権の実現を!」Rights編著 P6
第3章【18・19歳の不参加】
しかし18・19歳が選挙に行かなければ、権利を付与した意味はなくなってしまう。では、18・19歳が選挙権を与えられた後、しっかりと選挙に行くのだろうか。この点については以下の観点により否定的な意見がある。
第1節:『18・19歳の選挙への意欲の低さ』
そもそも、18・19歳の中で18歳選挙権に「賛成」している割合はわずか21%に過ぎないし、「どちらともいえない」という消極的な意見が48%あるというデータがある。*2
このことから、高校生の政治的・社会的主体性の低さが明らかとなっている。
そして、このような状況で権利を与えても18・19歳は投票を棄権し、無責任に投票すると考えられる。やはり選挙権というものは、付与される側からの積極的な要望が絶対条件であるからだ。
第2節:『アメリカの実例』
実際に、一足早く18歳選挙権(さらには18歳被選挙権も)導入しているアメリカでは、18・19歳の投票率は全年齢層の最低水準となっている。
これについて明治大学政治経済学助教授 井田正道氏は以下のように述べている。
*3「アメリカでは1970年以降に選挙権が付与された18歳から20歳の年齢層の投票率は有権者全体の投票率を大きく下回るだけでなく、ほとんどの選挙において年齢階層別投票率の最低水準でしかない。(中略)アメリカの事例からすると,わが国で仮に18歳選挙が実現したとしても,18歳〜19歳の年齢層の投票率は年齢階層別投票率のなかの最低水準となる可能性が高い。」
つまり、ただ選挙権を付与するだけでは、アメリカの二の舞を踏み18・19歳の投票率は最低水準になる可能性がある。そうなってしまっては、選挙権を与えた意味はほとんどなくなってしまうだろう。
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*2 都立北野高等学校教諭 若菜俊文「武蔵大学総合研究所紀要」2002年12月20日発行 NO.10 1700人の高校生を対象としたアンケート調査
「設問:あなたは18歳選挙権についてどのように考えていますか。
賛成:12% どちらかと言えば賛成:9%
どちらともいえない:48% どちらかと言えば反対:14% 反対:16%
(中略)18歳選挙権がようやく政党間で議論され始めているときに選挙権獲得に動こうとしない傾向は、高校生の政治的・社会的主体性の低さを感じさせる。」
*3 2003年発行 明治大学政治経済研究所「政経論叢」第71巻5・6号 助教授 井田正道の論文
第4章【18・19歳の政治的判断力】
では18・19歳が実際に選挙に行くにあたり、候補者を通じて政策を見分けられる能力―ここでは政治的判断力と呼ぶ―はあるのだろうか。この点については、以下の2つの観点により否定されている。
第1節:『住民投票の実例』
実際に秋田県の市町村合併をめぐる住民投票では、未成年が親任せの投票などをしてしまいました。以下は住民投票の祭の18・19歳の実際の声である。*4
「こんな重大な問題は十代には決められない」、「自分の世代では決められない。親の世代に任せたい」
あまり興味ないけど、親に行けといわれた」、「祖父が農家で本荘にしろとうるさいから「投票した」」
といった「仕方なしに行った投票」というイメージがわかる。
なお、住民投票はある「政策についての賛否」を投票する形式。例えば、原子力発電所を近隣に建設すべきか、賛成・反対を問う。これに対し、選挙は「人」を選ぶものであり、微妙に違いはあるものの、投票行動という意味で共通しており、未成年者の現状の投票行動を示す重要な資料であろう。
第2節:『マスメディアの偏重報道』
また18・19歳は政治的な判断力が弱いため、マスメディアの偏重的な報道に流されてしまう危険がある。これは学校教育にも原因があると考えられる。
これについて、芝浦工業大学柏中学高校教諭 杉浦正和氏は以下のように述べています。
*5「大半がニュース情報をTVから得ていて、話題性の強い刺激的な報道に注目が集まり、持続的な社会問題への関心や関与意識は育っていない。(中略)中高生の場合は、社会や政治の実態を知らない分、マスコミの攻撃的論調だけがすりこまれると言えるだろう。学校の適切な関与がないと、政治的不信感だけが募り、展望をもたないまま政治参加の意欲も弱い生徒が増えるのである。」
つまり未成年者がマスコミの偏重報道を見抜けず、適切な判断ができないのには、学校教育にも理由があることは明らかである。
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*4 03年「高校のひろば春号」P81 秋田高校教職員組合書記長 加賀屋氏
*5 2002年11月「月刊高校教育」P83 芝浦工業大学柏中学高校教諭 杉浦正和
第5章【3・4章の検討―なぜ政治への意識が低いのか?−学校教育の欠陥】
以上の3・4章の批判を検討していきたい。第3・4章の中で、18・19歳は選挙への意識が低い、政治的な判断力が低いことを指摘した。これは現在の学校教育、特に高校教育が政治への興味をもたせることに失敗しているからである。*6
例えば、現在の教科書は政治的判断力・意欲を高めるものになっていない。すなわち、選挙について教える政治経済の教科書は、政治の統治機構についての基礎知識のみで、政治の理念的な部分(政治において選挙がどれだけ大事なのか。選挙になぜ行く必要があるのか。など)についてはほとんど教えていません。*7
また選挙について勉強する現代社会の教科書を見てみよう。選挙について扱っているページ数と時間は、1年間で4ページ・30分しか扱っていないことがわかっている。*8
このように教育内容及びそれを反映した教科書を改善しない限り、判断力も意欲も育たないと考えられる。
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*6 07年01月18日「朝日ドットコム」名古屋大助教授 近藤孝弘の文章
http://kdd3.asahi.com/edu/nie/kiji/kiji/TKY200701220200.html
「日本では、そもそも政治的に見解が分かれる問題を授業で扱わず、生徒が政治的な行動をすることにも社会の理解は低い。授業内容も制度の理解にとどまりがちで、政治的な判断能力や参加能力がほとんど養えていないと思う。」
*7 2004年発行 元鹿児島中央高等学校 高元厚憲著「高校生と政治教育」P31―32
「政治経済の教科書は、主として統治機構や経済の基礎理論についての知識を与えるだけで政治理念が欠落しているから、青少年の態度に指針を与えるものにはなっていない。また、政府に対する市民の異議申し立てや現実の矛盾については何一つ書かれていないから判断力も政治的有効性感覚も育たない。」
*8 雑誌『選挙』2005年6月号P16 明治学院大学法学部長 川上和久「20代若者の政治意識と投票行動」
第6章【解決性―学校での主権者教育を!!】
第5章で現状の学校教育に深刻な欠陥があることを指摘した。では、18・19歳が選挙権を持ったときにそれらを正しく行使するためには、どのような対策を打つことが出来るだろうか。勝手ながら、2点の提案をしてみたい。
提案@:『選挙テストの導入』
第5章で指摘したように、政治経済や公民の教科書が選挙の機構や制度についてのみで「なぜ選挙に行くべきなのか?」「投票しないことはなぜいけないのか?」など理念も内容に入れるべきである。
加えて選挙制度や投票の仕方、候補者選びの手順を100点満点のテスト形式として導入する。このテストで7割以上取ることを高校1年生から2年生への進級条件とし、7割未満となった生徒には、1年生から2年生への春休みに一週間の補習を行う。これを全国の高校で実施する。これにより、選挙の基本的な知識が身につくことを意図している。
提案A:『模擬選挙の全国実施』
提案@で選挙についての基本的な知識を押さえた上で、これを実践する場を設ける。これが模擬選挙である。模擬選挙の形式は実際に効果を上げた武蔵高校に倣う。
政治経済やホームルームの時間に模擬選挙の趣旨(18歳で選挙権を行使する上での練習であること)を説明する。
2.選挙公報やマスコミのニュースや演説などで立候補者について調べるようにいう。
3.投票は昼休みと放課後で投票しない権利もある。
4.投票する際にはまず受付名簿でチェックをし、投票用紙をもらい、二重投票を防ぐ方法を実体験し、壁に貼られた選挙公報を見て、名前を確認し投票を行った
5.実際の地方選挙において、実物の候補者に対して行う。
6.高校1・2年生を対象に、全国の高等学校で行う。(高校3年生は受験勉強で忙しいため)
以上1〜6で、実際に模擬選挙を実施した武蔵高校では以下のような効果が得られた。*9
・事前に実際の演説をきいて家族と選挙のことを話したり、テレビのニュースや新聞を見て、政策の違いを考えて投票する生徒もいた。
実際参加した生徒の感想として、「まったく選挙に関心がなかったが、模擬選挙をやってから、新聞やテレビを見るようになった、自分でも驚いている」「自分のもっている一票というのは全体のうちの、たった一票であるが、思い思いの一票が全体を作るのだと一票の重さを感じた」など政治に対する関心の向上が見て取れた。
親たちの投票率も上がった。
以上のような提案@Aを組み合わせることで、18歳で選挙権を持つまでに選挙で投票するにあたり「どうしていいかわからない。」ということはなくなるだろう。そして政治や選挙に関心を持つ若者を少しでも増やすことができれば幸いである。
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*10 2005年7月 橋本努ゼミ発表論文「選挙研究―選挙に行けば世界が変わる」
(http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Seminar%20Essay%20Group%20Project%20200507-2.htm)
第7章【まとめと検討】
最後に第6章で提案した内容について、提案の狙いや考えられる批判などを検討してみたい。
・100点満点のテスト形式で選挙の基礎知識を問うことについて、難易度はごくごく一般常識レベルのものであり、普通に勉強すれば7割は超えられる内容となっている。そして、春休みに補習期間を設けることで、最低限身に付けて欲しい内容をさらうことにした。
また高校2年生の進級前にすることで、大学受験に差し支える可能性を減らしている。
模擬選挙にかかる費用や提案@のテストにかかる費用は、すべて国が負担します。
・「選挙に行かなかったら、罰金にする」という罰金制の検討について
やはり、選挙は国民の権利であるという観点から、極力自主的な参加を促したいというのが本音である。この点から、模擬選挙についても、あえて参加は自由という形をとった。罰金制にすることで間違いなく投票率は上がるだろうが、投票の「質」という点を踏まえると「半強制的に投票に行かされている」という意識になることは避けようと考えた。
第1章【はじめに】で述べたように、僕は18歳選挙権導入には賛成だが、提案@Aを行うならば という条件付きである。
全体を踏まえると、提案@Aを実行したとしても、実際に選挙に行く18・19歳については「行く人は行くし、行かない人は行かない」となるかもしれない。しかし、最低限「選挙に際し、何をすればいいかわからない」「政策を見分けられない」というつまらない問題はなくなるのではないか。
アメリカやイタリアなど18歳選挙権を導入している国々でも、提案@Aは行われていないし、ただ選挙権を与えるよりも確実に積極的な参加は期待できるだろう。
今回の論題を踏まえて選挙のあるべき姿、18歳選挙権へのイメージを少しでも持ってもらえれば幸いである。
参考文献・ホームページ一覧
*1 02年発行「16歳選挙権の実現を!」Rights編著 P6
*2 都立北野高等学校教諭 若菜俊文「武蔵大学総合研究所紀要」2002年12月20日発行 NO.10 1700人の高校生を対象としたアンケート調査
*3 2003年発行 明治大学政治経済研究所「政経論叢」第71巻5・6号 助教授 井田正道の論文
*4 03年「高校のひろば春号」P81 秋田高校教職員組合書記長 加賀屋氏
*5 2002年11月「月刊高校教育」P83 芝浦工業大学柏中学高校教諭 杉浦正和
*6 07年01月18日「朝日ドットコム」名古屋大助教授 近藤孝弘の文章
http://kdd3.asahi.com/edu/nie/kiji/kiji/TKY200701220200.html
*7 2004年発行 元鹿児島中央高等学校 高元厚憲著「高校生と政治教育」P31―32
*8 雑誌『選挙』2005年6月号P16 明治学院大学法学部長 川上和久「20代若者の政治意識と投票行動」
*9 2005年7月 橋本努ゼミ発表論文「選挙研究―選挙に行けば世界が変わる」
(http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Seminar%20Essay%20Group%20Project%20200507-2.htm)